「もっと歩く機会をつくられませんか」「食事は油ものを控えめに」。慶応義塾大学の保健管理センターで保健師の藤井香さんが女性の職員の健康指導をしている。
この職員は血圧、血糖などの数値がいずれも標準値を超え、動脈硬化につながるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に該当した。藤井さんは「放置すると糖尿病などに発展しますよ」などと丁寧に説明しながら、「摂取エネルギー量が多過ぎます。減らしましょう」と職員にあるデータを示した。
あらかじめ体に歩数計のような装置を付けてもらい、一日のエネルギー消費量を計測していた。消費量は2,000キロカロリーだったが、食事から割り出された摂取量は2,500キロカロリーと上回っていたのだ。
具体的なデータだけに、職員は「確かに摂取量が多いですね。買い物は歩くようにします」と決意を語る口調に力が入っていた。
内臓肥満が高血圧などのリスクを高め、リスクの項目が重複すれば動脈硬化を起こすメタボリックシンドローム。その考え方を中心にすえ、本格的に系統だった保健指導プログラムが、全国各地の大学や企業の診療所などで動き始めた。
診断基準になるデータは通常の健康診断で測定する項目で済み、場合に応じて医学的に裏づけがある別の測定値を付け加えれば、より確実に動脈硬化の危険性を把握し、説得力がある予防治療の方針が立てられるからだ。
慶応大学の保健管理センターは、学内の教職員、学生らを対象に診療や健診、指導を行う施設。担当する広瀬寛専任講師(医学部兼担講師)や藤井さんらは「どうすれば生活習慣改善に励む動機付けができるだろうか」と考えあぐねていたところ、出合ったのがメタボリックシンドロームだった。
「血圧や血糖値が高いなど一定の条件に沿ってスクリーニング(絞り込み)すればハイリスク群が特定でき、このグループに効果的な指導が可能」と踏んだのである。
当時まだ日本独自の診断基準ができていなかったため、米国の診断基準などを参考に、腹囲や空腹時血糖値、喫煙習慣などを点数化した「慶応心臓血管病リスク指数(KCRI)」を作成。平成15年度の健診で約2,700人のKCRIを算出したところ、ハイリスク群として約百四十人に絞り込めた。
消費エネルギーを測る装置の携帯などを盛り込んだ生活習慣改善プログラムを作り、参加者を募った。効果を学術的に評価した15年度のケースでみると、参加者は一日のエネルギー摂取量が平均350キロカロリー減り、三カ月後の再検査でウエストが男性で平均2.3センチ、女性で4.3センチ細くなった。
広瀬さんらは「体の中は見えないが、KCRIもエネルギー消費量も目に見える数値。生活習慣改善への動機を強めることに有効だった」と説明する。
一方、大学や民間企業が指導プログラムを考案し、ビジネスに結びつける新たな動きも活発化している。ノウハウがない健保組合などのアウトソーシング(外部委託)の受け皿として一役買うわけだ。
その中のひとつ、女子栄養大学は産学連携で、メタボリックシンドロームの改善を中心にした健康セミナーを開講する。
同大は、栄養学の草分け的存在で、生活習慣病予防の食事や運動などの指導ができる人材も豊富だ。
香川靖雄副学長は「大学の講師が企業の従業員向けのセミナーで講話を行うことで、生活習慣病予防に役立てていきたい」と話す。
内臓肥満をキーワードに、健診データを総合的に見直すメタボリックシンドロームの考え方は、医療の現場のほか、家庭や職場で浸透しはじめ、ビジネスチャンスとしてもとらえられるほどだ。健康の維持は個人に直接降りかかる問題だけに、生活改善を持続する強固な意志と社会的なサポートシステムの充実は欠かせない。

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