適正なコレステロール値とは(1/2)
2008.06.04

□名古屋市立大学大学院医学研究科教授・横山信治氏

 ■「高いままでよい」は誤り

 健康ブームの中で血液中に含まれるコレステロール値に関心が高まっている。コレステロールは細胞膜やホルモンの材料だが、脂質異常症などで過剰にあると動脈硬化を起こす原因になる。大半が食事療法や運動療法で減らせるのだが、「高いままでもよいのではないか」とまでいう議論や意見が一部にある。日本動脈硬化学会は、昨年、ガイドラインを改定し、悪玉(LDL)コレステロールに焦点を絞った基準値を発表し、日本人の健康との関連をわかりやすくした。厚生労働省の特定健診でも示される数値をどう解釈すればよいか。専門家に聞いた。

--- コレステロールが動脈硬化を起こすことがわかってきたのは

 世界保健機関(WHO)の調査などいろいろな疫学調査で、明らかに認識されるようになったのは、第二次大戦後です。米国では、アイゼンハワー大統領が現職で心筋梗塞(こうそく)を起こしたことが、心臓病予防への取り組みを後押ししたといわれ、血液中のコレステロールが多い人がなりやすい、コレステロールの摂取量が多い国では心臓病の死亡率が高い、などの疫学データが集まりました。

 1960年代の後半には、血液中のコレステロールは均一に存在しているのではなく、現在では悪玉コレステロールや善玉コレステロールとして知られるLDLやHDLに分かれて存在していることが知られました。そして、70年代には、精密な疫学調査である米国のフラミンガム研究(米国で行われている健康と生活習慣に関する調査)などにより、LDLが悪い本体であり、HDLは、見かけ上の逆の良い役割を果たしていることが次第に理解されるようになり、80年代にはその理解が専門家の間で定着しました。

--- 血液中のLDLが増えると、どのような悪さをするのですか

 家族性高コレステロール血症という疾患では、遺伝的にLDLを細胞に取り込めず血液中に留まってLDLが非常に高くなります。こういう方たちを放置すれば、若くして心筋梗塞を発症します。また、欧米などでは、食習慣などの環境因子でLDLが増えてしまう方々も、非常に高い心筋梗塞のリスクを持ちます。

 通常、血中でのLDL増加は、それが血液の中に長くとどまっていることを意味し、その間にLDLは酸化変性などいろいろな化学変化を受けると考えられます。そのため、これを「異物」と認識した白血球細胞が捕食するわけですが、LDLに含まれるコレステロールは分解処理されずにたまり込み、細胞ごと血管壁に沈着し、動脈硬化を起こすというのが現在最も有力な仮説です。

--- それが動脈硬化から心筋梗塞などの原因となるわけですね

 LDLをため込んだ細胞が血管壁に沈着し膨れ上がってくると、そこに血流の乱れができたり、血管の内部を覆っている内皮細胞に傷害が起きたりします。それにより血栓(血液が凝固した塊)ができたり、血管の筋肉の収縮に異常が生じたり、その周りに炎症反応のようなものが起こってきたりします。そして、血液の流れに異常が生じ、極端な場合血管が詰まって、「梗塞」を起こします。

 LDL値の上昇を抑えればこれが予防できるのか、この疑問に対する答えは、1984年に米国で最初に発表されました。この頃、LDL増加に対する唯一の治療薬であった腸内で胆汁酸を吸着する樹脂を使ってLDL値を下げると、動脈硬化の予防が確かにできるというものです。総コレステロール値を280mg/dlから240mg/dlに下げて、6、7年間追跡すると、対象群に比べて17〜18%発症の抑制ができ、統計学的にも有意差がでました。

 90年代になるとコレステロール合成を抑えてLDL値を下げる薬(スタチン)が登場、より強力な高LDL血症の治療により、心筋梗塞などいわゆる虚血性心疾患の予防ができるという確かなデータが出てきました。初めての発作、二度目の発作の予防効果も確認されて、多くのエビデンス(科学的な証拠)が得られるようになりました。

--- コレステロール値を下げすぎることについては、議論がありますが

 LDL値を下げても、心筋梗塞などのリスクが一律に減っていくわけではありません。一次予防(最初の発作の予防)では、160mg/dlぐらいまではLDLを下げるにともない確実に効率よくリスクが減っていく。ところが、日本動脈硬化学会のガイドラインの治療の基準値(140mg/dl以上)より低い120mg/dl近辺では、それほど効率よくリスクが減るわけではありません。一方、疫学調査では、総コレステロールやLDL値が非常に低い方々の間では全体的な死亡率が多少上がるというデータがあります。

 これらの事柄が混同され、LDL値を下げ過ぎると動脈硬化のリスクは下がるがそれ以外の病気のリスクが上がるのではないか、という議論がされる場合があります。

 疫学的には、コレステロールが極端に低い人には、悪性腫瘍や慢性の感染症、栄養不足など生命のリスクを持つ人たちが含まれている可能性があり、心筋梗塞のリスクはないが、ほかのリスクが隠れていないかを臨床的に検討するのは意味があります。

 かつてのわが国では、低タンパク・高塩食が脳出血の発症と強くかかわっていたと考えられ、疫学的にはこうした人たちが低コレステロールのグループに含まれている可能性もあります。しかし、高LDLであった方のLDLを下げ過ぎると脳出血が増えるとか、がんになるというのは科学的に証明された議論ではないと思います。高LDL血症の方の治療がそういうリスクを引き起こすという議論にすりかえるのは誤りです。

 ただし、リスク低下の効率と「治療」対象者の数のバランスを考えて治療目標のガイドラインを設定することは、医療費の効率的な活用という視点から、今後真剣に考慮すべき事柄です。

                   ◇

【プロフィル】横山信治

 よこやま・しんじ 東京大学医学部卒業。米国シカゴ大学助教授、国立循環器病センター研究所室長、カナダ・アルバータ大学教授を経て、平成8年から名古屋市立大学大学院医学研究科教授。日本動脈硬化学会の理事で、脂質代謝部会長を務めている。研究テーマは、HDLの産生機構など。 

(2008/06/04)


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