“働く世代のメタボ対策と特定健診受診向上に奔走する現場の奮闘記”
メタボリックシンドロームの概念に基づき、今年4月にスタートした特定健診・特定保健指導。健康保険組合(健保)、国民健康保険(国保)といった医療保険者ごとに実施し、5年後には受診率65%などの目標値を達成したかどうかによって、後期高齢者医療制度への支援金の額が増減される。職域や地域の健診の現場ではどのように取り組んでいるのか。産業医としてメタボリックシンドロームに着目してきたみずほ大阪健康開発センター所長・廣部一彦氏と、ユニークな活動を展開する尼崎市国保年金課の保健師・野口緑氏に聞いた。
「働き盛り世代が最重点」
マスコミが特定健診のことを「メタボ健診」と名づけたこともあって、メタボリックシンドロームそのものと特定健診・特定保健指導が混同され、正しく理解されていないようですが、両者は分けて考えるべきです。
メタボリックシンドロームはまさに予防医学の学問。世界に認められた日本発の概念です。それまで注目されてきた体重や皮下脂肪ではなくて、内臓に脂肪が貯まりすぎることが脂質異常、糖尿病そして高血圧を発症または増悪し、心筋梗塞・脳卒中につながりやすくなるというものです。特に内臓脂肪細胞から多く分泌されるホルモン様物質、アディポネクチンが発見されたことが大きい。これは内臓脂肪蓄積によって減少し、2型糖尿病や動脈硬化の発症に密接にかかわっていることが分かったのです。
一方、特定健診・保健指導は国の施策。厚生労働省が今までの施策を大きく変換し、メタボリックシンドロームの概念を取り入れてスタートしたわけですが、医療関係者や保険者そして何よりも国民に必ずしも十分に理解されないまま今年4月の開始となりました。制度設計も十分に吟味する時間がなかったと思われますが、まだまだ課題も多い。医療関係者や保険者も対応に戸惑っているところがあります。
職域では、労働安全衛生法による定期健康診断があり、事業者(企業)責任で実施義務がありますし、また若い人も含めすべての労働者に受診義務もあります。そして法定項目として今年度から腹囲測定とLDLコレステロールが追加になりました。一方、特定健診は40〜74歳を対象に高齢者医療確保法に基づき保険者が実施するものですが、健診を2回受けることを避けるため、事業者が定期健康診断結果の必要データを特定健診データとして保険者(健保組合)に渡すことが可能となりました。
私は事業所の産業医なので定期健康診断やその後の保健指導が中心で、健保が実施する特定健診には直接関与していないのですが、長年こうした事業所でかかわってきた心血管疾患の一次予防において、メタボリックシンドロームは明確なターゲットを示してくれました。最重点は働き盛りの男性です。
○メタボはリバーシブル
ここ20年、30代から50代の日本人男性の体重が増え続けています。腹囲も増え、脂質異常症、糖尿病が増加しています。逆に女性はこの世代では体重は減っている。また、わが国では心筋梗塞の死亡率は、50代では男性は女性の約5倍。60代でも約3倍、70代でも約2倍と圧倒的に男性が多い。やはり心筋梗塞は男性の問題なのです。
男性の腹囲は20代から40代に平均で約8センチ増え、内臓脂肪も約40平方センチ増えます。そして糖尿病や高脂血症の増加傾向と、もともと心筋梗塞は男性中心の疾患となると、まさに働く世代の男性がメタボ対策の一番のターゲットです。女性も主として更年期以降に内臓脂肪が貯まってきますが、男性より10〜15年くらい遅れ、ちょうど動脈硬化が10〜15年遅れるのと一致しています。予防医学としてのメタボリックシンドローム対策のコストをどこにかけるべきか明らかですし、選択と集中が必要でしょう。
メタボリックシンドロームは、われわれ産業医の世界ではとても重要な概念だと思います。45歳と55歳で体重はほとんど変わらないけれど、お腹だけは出てきたという人はたくさんいる。そして血糖や中性脂肪が増加して来ます。皮下脂肪があまり増減しないので腹囲の増減はほぼ内臓脂肪の増減と考えてよいわけです。だから体重だけではなく腹囲によって内臓脂肪蓄積をチェックするという点が、重要なところですね。腹囲はベルトの感覚で分かってとてもいい。
今回、腹囲は定期健診の項目にも入りましたが、私たちは以前から一部の職員を対象に腹囲と内臓脂肪量を測定しその場で簡単な保健指導をしています。定期健診時に毎年測ることで効果がある。それが動機付けになって、3年で2〜3割メタボが減ったというデータもあります。内臓脂肪の蓄積は生活習慣と密接に関係します。しかしメタボになったら病気でどんどん進行するというのではなく、食事や運動などの生活習慣改善によってよくなります。リバーシブル(可逆的)だというところが重要です。それまで服用していた薬が減量できたりいらなくなるケースもあります。
ただ、痩せていても糖尿病や高血圧の人はたくさんいます。もちろん生活習慣の改善は必要ですが、これらの人はその効果が限定的であり、程度によっては服薬などの医療的な対応が必要になります。
○健診受診で死亡率が半減
専属産業医の全国組織(サンユー会)が、在職死亡調査をしています。それによると、専属産業医がいる従業員千人以上の大企業では、心筋梗塞など循環器系疾患の死亡率が一般国民全体の約半分にとどまっています。心血管疾患が予防ができているということ。
予防できる理由は何かというと、まず毎年健診を受けていることなのです。千人以上の事業所の定期健診実施率は100%、受診率は95%で、ほぼ全員が毎年受けている。日本で圧倒的に多い30人未満の小企業でも、実施率80%、受診率70%以上です。一方、国保加入の地域住民レベルでは、従来、自治体が実施していた基本健診受診率が42.4%(平成18年度)。これは受診率の高い高齢者を含んだ数字ですから、30代、40代となると20〜30%くらいでしょう。このように働く世代の健診受診率の格差が非常に大きい。
また産業医や看護職の保健指導効果なども大きいでしょう。定期健診後の保健指導は努力義務ではありますが、少なくとも結果通知時の保健指導はほぼ全員に毎年行われています。そういう意味では、特定健診・保健指導の本当のターゲットは地域住民(国保加入者など)だと思います。今回の特定健診・保健指導の開始で受診者が大幅に増えることが期待されています。
最後に、今回の特定健診・保健指導に関してですが、メタボリックシンドロームの概念を取り入れて、保健指導効果の大きい人(内臓脂肪が貯まった人)を抽出し、その人達に重点的に保健指導を実施していくという理念は正しいと思います。ただし、国民全体で見たときに、まずどこに重点的に費用を投
入するかでしょう。まずは健診を受けていただかなければ話になりませんので、最も受診率の低い国保加入者などの地域住民対策が重要です。保健指導対象者の抽出基準でも、血糖値100mg/dL以上というのは、あまりに幅を広げすぎなのではないか。抽出基準といっても糖尿病学会基準や定期健診基準値の110mg/dLとのあいだで、国民や医療従事者に混乱が生じています。もう少し現実的にターゲットを絞って、コストと結果のバランスを考え、国民生活に定着させていくべきでしょう。特定健診・保健指導は2年後、見直しが行われることになっています。費用対効果も考え、国民の目線に立った改善がなされることに期待したいと思います。
■廣部一彦氏 昭和22年生まれ。大阪大医学部卒。同大付属病院助手などを経て、昭和58年から旧富士銀行大阪健康管理センター所長。現在、みずほ大阪健康開発センター所長、日本産業衛生学会指導医、日本動脈硬化学会評議員。日本肥満学会評議員。

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