【正論】 心筋梗塞・脳卒中で「死なせなくする」ために(2/2)
2008.10.16

「ヘルスアップ尼崎戦略」

尼崎市国保年金課健康支援推進担当・保健師 野口 緑


 国の施策が始まる前から、尼崎市独自で「ヘルスアップ尼崎戦略」に取り組んでいます。事業は平成18年度から始まりましたが、事業を始める前の平成17年度に予防のターゲットを定めるため、まず国保の被保険者の健康実態を分析しました。その結果、尼崎は兵庫県内でも平均寿命が短く、若い人の死亡割合が高いことが分かりました。

 平均寿命(平成12年)は兵庫県下88市区町の下から3番目(男性76.3歳)と6番目(女性83.6歳)、65歳未満で死亡する人の割合(同15年)はトップ(男性30.4%)と6番目(女性16.3%)。その理由を調べてみると、死因の4割ががん、次いで生活習慣病にかかるものが2割でした。65歳未満で死んでいる人の2割が生活習慣に関係する病気、脳卒中や心筋梗塞、大動脈解離、糖尿病などが原因だとしたら、生活習慣の改善支援によって予防でき、死ななくてすむということなのです。

 65歳未満で介護保険を受けている人を見ても、6割以上が生活習慣病でした。倒れる人を減らせば介護保険給付が減り、社会保障制度を堅持できる。国保の医療費を調べても、1回あたり200万円以上の請求がきているものは、脳卒中、心筋梗塞などの血管病が大半。がんより医療費が高いんです。がんは210万から230万円。ところが心筋梗塞で運ばれてステントを入れて帰ってくると、平均で350万円くらい。大動脈解離にいたっては、一番高い人で1400万円かかっています。もちろん、それだけ高度医療が進んでいるのはありがたいことですが、予防できる病気ならもっと早い段階で手を打ちたい。
 人工透析も12年ごろから新規導入者が毎年100人ずつ増えている。1人平均年間550万円なので、100人増えるだけで5億5,000万円。人工透析はすばらしい治療法ですが、糖尿病性ならばこれも予防可能です。

 さまざまなデータが予防の重要性を示しています。糖尿病による人工透析が増えている年代は50から60代。放置すると20年目くらいに人工透析が必要となる腎不全に至ることが知られているので、予防年齢を逆算すると30から40歳代になります。ところがレセプトを調べると、自覚症状がようやく出だす3、4年前からしか受診していない。血管障害を起こしている人も同じこと。自覚症状がないので健診結果でしか分からない。とにかく若い世代に健診を受けてもらい予防していくことに尽きます。

○受診率アップを

 ヘルスアップ尼崎戦略の初年度(18年度)は、特定健診対象者に当たる40〜74歳の国保加入者の受診率が19%でした。健診を受けてくれないと生活習慣改善によって予防が可能な人と出会えない。そこで受診率向上のため、商工会議所とタイアップして、酒販組合や商店組合の集まり、神社仏閣の総会など、国保である可能性が高いと思うあらゆる団体を回って、「予防が可能な人が倒れている尼崎の実態」や「なぜ今健診なのか」などについてお話しさせていただきました。ところが商店街の単位などは自営業の集まりだから、ほとんど国保だと思っていたら、アンケートを採ると国保の人は5、6割しかいない。雇われている方は社保の家族だったり、小さな人数でもお店自体を社会保険にしていたり、結局、地域は国保とか社保とか切り分けて生活していないことが分かったんです。

 そこで翌19年度には社会福祉協議会、いわゆる町内会の集まりを回りました。膝を交えてお話しするなかで、健診の重要性について理解が深まり「今度うちの会合にも来て」と声をかけてくださることも増え、土曜日曜も、ダブルヘッダー、トリプルヘッダーお構いなしで市内のおよそ6割をカバーしました。早死にでメタボリックシンドロームの人が国と比べて多いという尼崎市民の健康実態をお話しすると、皆さんショックを受けられます。「健康」を単にサービスととらえていたのが、身近な課題になっていきます。19年度が終わった段階で受診率は24%まで上がりました。特定健診では24年度までに65%達成を求められていますが、今年は40%を目標に、以降、50、60、60、65%という5年計画を立てています。達成は大変なことです。

 特定健診が始まり、マスコミが情報をたくさん流してくれますし、受診券が1人1枚ずつ来るので、受けなくてはならないという気持ちは盛り上がっています。それに、これまで2年間の積み重ねがボディーブローのようにじわーっと効いてきているのも感じます。

 尼崎市では、特定健診はヘルスアップ戦略の項目の一つという位置づけです。特定健診以外にも、独自に16歳から39歳対象の健診をやっていますし、社保から入ってきて、4月1日から3月まで在籍という特定健診対象者の要件を満たしていない人にも健診をしています。

 健診後の保健指導も、対象者が自分の体を理解するのを支援するのが目的。一人一人が健康でいることで、後期高齢者支援金の額の加算減算につながることも話していますし、住民自身がそういうことを知ることで健診、結果説明には価値があると思ってくださった口コミもあると思います。

○全員に会って保健指導

 いらっしゃった方はみなさんよくなっています。国が特定健診ということを言ったので誤解が生じていることもあると思いますが、内臓脂肪があろうがなかろうが、健診を受ける人が増えれば、今まで受けたことがない人がたくさん受診してくれることになるんです。ヘルスアップ戦略の初年度も、20〜40歳代の受診者のうち86%が生まれて初めて受診したという人です。その中に、すさまじいデータがでてくるんですよ。たとえば血圧が240の156とか。もう本当に驚きます。本人は健診を受けたことがないし、その状態が普通と思っていますから。

 特定健診で受診率目標値を設定されたことに賛否両論あると思いますが、受診率を上げる努力をすることは、今まで手が届いていなかった人たちをたくさん拾えるということ。それが貴い。保険者ごとに対象が分けられ責任が明確になったので、どこも積極的に受診率を上げてくるでしょう。

 医療費適正化を考えても、内臓脂肪のあるなしにかかわらず、重症の人から指導していかなければならない。重症高血圧でも減量をすれば、6割くらいの割合で血圧が下がっていました。薬だけでなく減量を足したグループが一番改善率がよかったですね。

 うちでは特定保健指導の対象(積極的支援、動機づけ支援)だからということではなく、集団、個別は別にして、リスクに応じて全員に保健指導をしています。血圧と尿酸、血糖、中性脂肪が高ければ痩せていても会わないといけないし、たとえば男性で腹囲84センチと基準内であっても、20歳の時に比べて20キロも太っていたら、出会わなければいけない。健診日に、結果を聞きに来る日を予約してもらうんです。リスクを見て悪い人は個別相談の日に、そうでなければ集団でお話しさせていただきます。

 何のために健診を受けるのか、健診結果はどう読み取っていくのか。何で血の中に中性脂肪や血糖が多いといけないのか。内臓脂肪とはどう関係するのか…。人間の体はある日突然、病気(心筋梗塞や脳卒中)になるわけではなくて、長い年月をかけて少しずつ血管が変化していって、最終的に破綻するわけです。基準値に対して異常か正常かだけで判断すると、体の変化というとらえ方ができなくなる。自分が今どの段階か見られなくなるんですよ。

○民間を巻き込んだ環境整備

 社会保険を脱退して国保に加入してきた方に、新規人工透析導入が多い。高齢になって会社を退職したら国保に変わるから当たり前といえば当たり前なんですけど、若い世代でも糖尿病の合併症を発症するなどで仕事ができなくなると社保を脱退して国保に加入してきています。市民の約4割の国保加入者だけを対象に対策を打っているだけでは、社会保険に加入していた若い世代が国保に加入する年齢になったころに発症する糖尿病合併症や心筋梗塞、脳卒中を予防することができない。つまり、予防がうまくいかなかった結果生じる後期高齢者の医療費を下げ、すべての人が75歳になったときに自分のやりたいことをできるようにするという大きな目標を達成できません。

 国保も社保もなくみんなで取り組むため、尼崎市独自で保険者協議会をつくりました。尼崎市に健康保険組合の本部を置く団体や、政府管掌保険はもとより、事業主とも情報共有する目的で商工会議所、他の施策との連携を考えて産業や衛生など市役所の関係部署の人にも入ってもらった。きめ細かい情報交換や、啓発事業を協働で行う枠組み作りです。

 そのなかでもユニークなのがサポーター企業事業。事業所などがヘルスアップ戦略の趣旨にあった商品やサービスを考え出してくれたら、私たちが市民にPRしますよ、と呼びかけました。弁当屋の尼崎市限定ヘルシー弁当、1食分の野菜がしっかり100g入っているパスタを出す料理店、血圧計を店の隅に置いてくれるドラッグストア、無料で運動指導をしてくれるスポーツクラブ。市民が生活の場で健康や生活習慣を考えるきっかけづくりは、行政だけでなく事業者を巻き込まないと広がらない。

 スポーツジムがジム開放デーに市の出前健診を呼んでくれたこともあります。私たちが努力しなくても、周りの町会やショッピングセンターに呼びかけて受診者を増やしてくれた。その代わり、結果説明は私たちが会場まで出向いてやります。事業者にとっても、市とそういうことをやるのはイメージアップになるんだと思います。行政による助成金や登録、認定ではなく、お互い五分の関係です。

○現状と課題

 尼崎市国保では、5月から特定健診が始まり、6月頃から保健指導を行っています。健診結果により保健指導方法や内容を選別して実施しています。受診しやすい条件づくりとして土曜日、日曜日にも健診を実施しており、保健指導も当然、土日や祝日にも実施しています。保健指導はひたすら毎日やっています。制度が始まったばかりで、組織としての体制作りが大きな課題。民間事業者の保健指導スキルが上がって、結果の出せる保健指導ができる人材が増えれば、介護保険の時と同じように、保健指導を提供する社会的な受け皿ができ、特定健診や保健指導の制度を維持しやすい体制整備ができると思います。

 ただ、今回は「サービス提供」ではなく、結果を出さなければいけないのが一番大変なところ。命にかかわることをやっているので、保健指導を受けた人が喜んだり、楽しんだりしたかどうかという問題ではない。確実に死なせなくしたかどうか、が問われるわけですから。長い目で見たら本質的な保健指導を「本当にやった所」と、「やらない所」の差が出てくると思います。

 今後の課題は、まずは受診率の向上。それから医療との連携です。重症の人を見つけたとき、地域のどの先生のところに送ったら、確実に脳卒中にならなくてすむのか。予防と医療がうまくリンクして、各々の役割を果たせれば。

 あとは私たちの保健指導のスキルアップですね。メタボの原因は生活の中にある。主役は本人なんです。食べる量や回数を減らしなさい、もっと動きなさいと一般論を伝えても、具体的には何が太った原因なのかは分からない。脂肪の蓄積につながる食べ物についてもご飯なのか、間食か、アルコールなのか。知っているのは本人だけ。いかに本人がメタボリックシンドロームと動脈硬化につながるリスクとの関係、メカニズムを理解して、納得できるか。血管が傷んでいく道筋をイメージし、心が動き、自分の生活を振り返って原因を探り当てるか。習慣化した生活のちょっとした改善からでも始めていく決心がつくか。歩く時間が増える、階段を使う頻度が増える、ご飯を一口減らすなど、本人のちょっとした生活習慣の改善が心筋梗塞や脳卒中の予防につながる。それが最終的には何億、何兆円の医療費適正化という成果につながる。地球温暖化を解決しようとするエコ運動と同じように一人ひとりの市民の気づきや習慣が大きな成果を生む、そういう壮大なプロジェクトだと思っています。

 痩せることに特効薬はないのです。一人ひとりの生活習慣改善が心筋梗塞や脳卒中を予防できる。どこまで成果が出せるのか、他の国では例のないこの制度は日本人の大きなチャレンジだと思います。

■野口緑氏 昭和38年生まれ。61年、尼崎市役所入庁。平成12年から職員厚生課で職員の健康管理を担当。健診データ解析により心臓病や脳卒中のリスクが高い人を選んで保健指導し成果を上げた。17年から現職。

(「正論」平成20年10月号より)



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