■日本人のエビデンス構築が重要
---急性心筋梗塞と糖尿病、血栓との関係は
急性心筋梗塞は、心臓を取り巻く冠動脈に「血栓」が詰まり、心臓の筋肉が動かなくなることによって起こります。私たちは22年前から、血液の塊、すなわち血栓の形成にかかわる「血液凝固」「線溶(血栓溶解)」「血小板」の研究に取り組んできました。糖尿病の患者さんは、血小板の働きが強くなり、血が固まりやすくなるのです。
急性心筋梗塞は、心臓を取り巻く冠動脈の内側にできた脂肪の塊が破綻し、そこに血液の塊(血栓)ができて血管が詰まってしまう状況をいいます。血液の流れが一定時間途絶えると一気に発症します。そこで重要なのは、人間の体に自然に備わっている血液の塊を溶かす作用(医学用語で「線溶系」という)と、血液を固める作用(「凝固系」という)の微妙な絡み合いです。血栓ができたときは、通常、血管の内では、それを溶かすような線溶系の作用が働きます。もうひとつ、血液中の血小板は、血を止め固める作用を持っていて、そうした作用が強くなると血栓症をより促進することになります。
つまり糖尿病の人は、血小板の働きが強くなることに加えて、線溶系の作用が弱くなるとともに、凝固能が高くなり血が固まりやすくなってくるのです。それに加えて糖尿病では、高血糖により血液の流れも悪くなるので、三拍子そろって心筋梗塞になりやすくなるわけです。
---多くの日本人を対象とした臨床研究も行っている
海外では心筋梗塞や脳卒中の抑制を目的にした大規模臨床試験が数多く行われていますが、日本人と欧米人では薬剤に対する反応性も異なり、適切なより良い治療法を検討するには、日本人を対象としたエビデンスが重要なのです。試験を行うためには、患者さんの登録を集めるだけでも大変な作業ですが、全国の循環器専門医のみならず、開業医の先生方の協力も得て、日本国内での臨床研究を進めていったわけです。
その第一弾が10年前に国際雑誌で発表した研究。心筋梗塞の再発予防に血小板の働きを弱める薬であるアスピリンが有用であることを確認し、それがアスピリンの保険適用に結びつきました。2つ目は、日本でよく使われている狭心症薬の比較試験を行い、欧米のガイドラインに反して、日本人の心筋梗塞にはカルシウム拮抗薬という薬も有用との結論を示しました。一方、急性心筋梗塞の治療には、日本であまり使われていなかったコレステロールを低下させるスタチンという薬も急性心筋梗塞に有用との結果を、米国で発表しています。
また、昨秋、米国心臓学会議で発表した「JPAD」研究は、糖尿病患者を対象に脳卒中や心筋梗塞といった動脈硬化によって起こる病気の予防に取り組み、その結果発表を行いました。血小板の働きを弱める薬(アスピリン)投与群では、心筋梗塞や脳梗塞などの発症リスクが約20%低下し、特に65歳以上の患者では、32%抑制できたのです。少量のアスピリンが心筋梗塞や脳卒中を抑制するという効果が示されたことの意義は大きいと思うのです。
---最近、取り組んでいることは
われわれの長年の研究で糖尿病患者では、血管の機能が障害されて、炎症を引き起こすなど悪い働きをする物質(「PAI-1」)が増加している患者さんを数多く確認しています。実際、われわれは糖尿病だけでなく、糖尿病を合併した高血圧患者でもPAI-1が亢進(こうしん)すると、突然死や心筋梗塞などの発症率が有意に上昇することを確認しています。そのPAI-1の産生を増加させ、血栓を溶けにくくする作用を持っている物質が、「アンジオテンシンII」。これは血管を収縮して血圧を上昇させる物質としても知られています。
こうした心血管病の元凶となるアンジオテンシンIIを抑える「レニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬(ARB)」は、日本でも血圧を下げる薬としてよく使われています。このARBがどの程度、心筋梗塞や脳卒中の発症を低下させるか、その効果を調べる臨床研究も始めています。
きゅっと、夜中に心臓を取り巻く冠動脈が縮む反応は、狭心症の一種ですが、縮むときに血管が傷つき血栓ができやすい。これは、日本人だけに多く見られる現象で、血栓研究のきっかけでもありました。今後も欧米人との違いなど、広く日本人対象のエビデンスに取り組み、治療戦略を築いていきたいと思います。
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【Profile】小川久雄
おがわ・ひさお 徳島県出身。熊本大学医学部卒業。同循環器内科助教授を経て平成12年同内科教授、15年、大学院循環器病態学教授。急性冠症候群、血小板、血液凝固線溶系、多施設共同研究などが専門分野。日本循環器学会・日本心臓病学会理事など。

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